へちま薬師日誌

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カテゴリ:ことば( 61 )


2015年 04月 08日

4月のことば

「比丘たちよ、わたしは、この世界をよく観察し、また、かの世界をよく観察し、すべての世界を知り尽くして、正覚者、一切智者となった。されば、比丘たちよ、このわたしについて、聴いて信ぜんとする者は、ながく利益と幸福とを見ることができるであろう」ブッダのことば『雑阿含経』牧牛者より



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by hechimayakushi | 2015-04-08 00:48 | ことば | Trackback | Comments(0)
2015年 01月 31日

1月のことば

「曠劫多少のあひだにも
出離の強縁しらざりき
本師源空いまさずば
このたびむなしくすぎなまし」


親鸞聖人『高僧和讃』源空讃より

浄土真宗宗祖の親鸞聖人の御和讃より、師僧であった法然上人(源空上人)を讃える和讃です。
生き死にの苦しみを離れることができる教え、阿弥陀如来の救いのはたらきを知らなかった。
師匠である源空(法然上人)上人に出会わなければ、この生涯はむなしく過ぎただろう。

法然上人の御命日が1月25日でした。
私たちにとっては、法然上人という存在のおかげで阿弥陀如来の救いのはたらき、念佛の教えに出会うことが出来たのです。
その御恩に報いる気持ちで営まれるのが「御忌」という法要です。

私たちは生きていてたくさんの出会いがあります。
親鸞聖人にとっての最大の出会いが法然上人との出会いであったのでしょう。
たとえ離れ離れとなったとしても、その出会いへの感謝の念は生涯消えなかったことが伺い知ることができる和讃の一節です。

仏との出会い、教えとの出会い、師と呼べる人との出会いに湧き上がる感謝の念を大事にすることが信心というものではないでしょうか?
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by hechimayakushi | 2015-01-31 01:30 | ことば | Trackback | Comments(0)
2014年 12月 08日

12月のことば

「比丘たちよ、物象(色)は無常である。物象をしてあらしめる因と縁もまた無常である。無常なる因と縁とによりて生起する物象が、どうして常恒であろうか」ブッダのことば『相応部経典』(サンユッタ・ニカーヤ)より

本日はお釈迦様(ブッダ)が悟りをひらかれた日、成道会です。

お釈迦様はすべてのもの(物象)は無常(永遠ではない・常に同じではない)であると説かれました。
そして因と縁、因縁もまたそうであると説かれました。
因とは原因の直接の要因。
縁とは原因の間接的な要因のことです。
よく「ご縁をいただく」という言い方をします。
私達からの目線ですと、身の回りから受ける要因ということですね。
それら因も縁も無常である、ということは因も縁も一度きりということです。
ですので「ご縁」という言い方がなされるわけですね。
今日と同じ日は二度と来ない、ということですし、今出会った人とまた出会えるわけではない、ということです。
この因と縁の無常という考えが、今の一瞬ですらもう同じ一瞬は来ない、ですので今の一瞬一瞬を大切にしましょうという考え方になり後々の茶道の言葉である「一期一会」という有名な言葉の思想の根本になってくるのです。
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by hechimayakushi | 2014-12-08 15:01 | ことば | Trackback | Comments(0)
2014年 11月 19日

11月のことば

「阿弥陀仏の真金色の身、円光徹照し端正無比なるを観ずべし。行者等、一切の時処、昼夜につねにこの想をなし、行住坐臥にもまたこの想をなせ。つねに意を住めて西に向かいて、かの聖衆、一切の雑宝荘厳等の相に及ぶまで、目前に対するがごとくせよ、知るべし」『観念阿弥陀仏相海三昧功徳法門』(観念法門)善導大師

「意訳」
阿弥陀仏の真金色の身(お姿)、光明は輝き出て遮られることなく、比べるものもないほどの端正な様子を、想い観よ。人々、常にこの想い観ることをしなさい。常に想いを西方極楽浄土に向けて、その有り様を心にとどめおくようにせよ。

先月は法然上人の御歌について書きました。
今月は善導大師の『観念法門』より書き出しました。

先月の法然上人の御歌は月明かりを阿弥陀仏の「はたらき」に例えた御歌でした。
月明かりという表現は日本的な美しさがあるように感じます。

さて、今月のことばでは、阿弥陀仏という「ほとけさま」のお姿を「真金色の身」とされています。
そして、「円光徹照」という難しいことばも出てきます。
これは阿弥陀仏から出た光は遮るものがない、という意味です。
「端正無比」というのは比べようがないほど端正である、素晴らしいお姿である、という意味です。
総じては阿弥陀仏という「ほとけさま」のお姿の素晴らしさを讃えておられることばになります。

法然上人は月明かりを阿弥陀仏の救いの「はたらき」の例え、イメージとして用いました。
善導大師のことばはどうなのか?
ただ原文を読んでいくと「観想」という修行方法について書かれているようにしか読めませんが、ただ修行せよというのが善導大師の真意でしょうか?
また、阿弥陀仏という「ほとけさま」のイメージされるお姿を思い描き、記憶することが、善導大師の伝えたかったことなのでしょうか?

善導大師の伝えられたことを思い返せば、それらは少し違うような気がします。
それらのことばにも月明かりのごとく、阿弥陀仏の「はたらき」そのものが表されているのだと思います。
「円光徹照」は救いのはたらきを表していると思います。
「端正無比」これが難しいですね。
個人的イメージとしては「阿弥陀仏」の「さとり」の完全さを表しているのではないかと思いっています。
総じては、常に心(記憶領域)に阿弥陀仏の「はたらき」を記憶させなさい、とおっしゃっていると読むのがいいのではないか、と思います。

観無量寿経、善導大師の各書物には「観想」「観想念仏」というものが出てきます。
これらはいわゆる「修行」方法でありますが、阿弥陀仏の救いの「はたらき」を主眼とする見方(=本願念仏・全ての存在が救われ極楽往生が確約されていること)をすると意味合いが変わり、「阿弥陀仏の救いのはたらき」を「知り」「記憶し」「想う」ということになるのではないでしょうか?
仏に想われていることを想う、となるのではないでしょうか?
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by hechimayakushi | 2014-11-19 00:25 | ことば | Trackback | Comments(0)
2014年 10月 27日

10月のことば

「月影の いたらぬ里は なけれども 眺むる人の 心にぞすむ」法然上人御歌

前回は「お経は遠い世界の遠いことばではありません。自分自身そのものが、そこにあるのです。」と締めさせていただきました。

今月のことばは『続千載和歌集』に収められている法然上人の御歌です。
まずこの御歌は2つに分けて考えます。
「月影の いたらぬ里は なけれども」を前半とします。
直接的な意味合いは「月の光が届かない場所はない」です。
月影とは阿弥陀佛の本願力=全ての衆生をもれなく救いとる力・はたらきという意味が込められています。
ですので、阿弥陀佛の救いのはたらきは誰にでもどこまでも行き渡っていますよ、というのが前半部分の意味です。

後半の「眺むる人の 心にぞすむ」ですが、ここが大事になります。
眺むるとは、現在の眺めるという意味とは少し違ったようです。
見つめる・注視するという意味合いだったそうです。
ここでは見つめる=知る、とか、気づくという意味合いが込められていると考えられます。
心にぞすむ、は「心にこそ」となります。
そして「すむ」は掛詞となっていると考えられます。
月の光が「澄む」と、阿弥陀佛の救いのはたらき(=光明=月の光)が「住む」です。
「澄む」は「清らか・落ち着く」という意味合いが妥当となります。
「住む」は「在る」とするのが妥当と思われます。
直接的には「月の光が届かない場所はないけども、それを見つめる人の心こそが月の光のように澄み渡っている」となります。
全体の意味合い・意訳をすると「阿弥陀佛の救いのはたらきは誰にでもどこまでも行き渡っているが、それは気がついた人の心にしかありませんよ」となると思います。

この御歌で一つ疑問に思ったことがあります。
それはなぜ月影なのか?
陽の光ではいけないのか?
阿弥陀佛の救いのはたらきのイメージとしては陽の光のほうが妥当な気がしました。
ずっと疑問に思っていたのですが、一つわかったことがあります。
秋が深まるにつれて夜が長くなる。
秋の夜長の真っ暗闇の中でふと気が付くと月の光がある。
真っ暗闇の中では歩くのもおぼつかないが、月の光を頼りに何とか進める。
そんな情景が思い浮かびました。
私達のありのままの姿とは真っ暗闇の中を歩いているようなものです。
どこへ、どう進むべきかもわからない、真っ暗闇の中にいると私達は思っている。
または真っ暗闇とも思わずにただ漠然と進んでいるだけかもしれない。
本来的には月の光は行き渡っている、真っ暗闇と言えどもなんとか歩いていけるのは月の光のおかげだと気がつく。
ふとしたことで、気がつく瞬間がある、気がついたからこそ佛のはたらきのありがたさがわかる。
そういうことではないでしょうか?

この御歌にある「眺むる」という言葉についてまた考えていました。
「眺むる」を「気がつく」としましたが、「想う」でもいいのではないでしょうか?
ここで思い出したのが観無量寿経・第八像観の一節「この故に汝等、心に佛を想う時、この心、即ちこれ三十二相八十随形好なり。この心佛に作(な)る。この心これ佛なり」です。
心に佛を想う、とは阿弥陀佛の救いのはたらきを想うと同義になります。
その状態が三十二相八十随形好である、と。
これは佛の姿を表す言葉です。
心が佛の姿であり、心が佛に作る(=そうなる)、心は佛である、と。
私はこの観無量寿経の一節をどう解釈するべきかの答えが出せません。
様々な解釈ができる一節です。
ですが、法然上人の御歌の事を考えていたら、この御歌は観経第八像観の一節のことなのではないのかな?とふと思いました。
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by hechimayakushi | 2014-10-27 23:56 | ことば | Trackback | Comments(0)
2014年 09月 13日

9月のことば

「これ経行はこれを喩ふるに鏡のごとし」善導大師『観経疏』序分義より

先月はパソコンが壊れてしまい、更新できませんでした。

今月のことばですが、法然上人が三回読まれて回心されることになった善導大師の観経疏という書物、その序分義という部分よりの抜粋です。
経行とはお釈迦様のことば、つまりお経です。
さらに言えば仏の教え、仏教となります。
それは鏡のようなものであるという意味です。

前回に書きました「自分というものの姿を受け入れる」とはどういうことか?
または、どのようにすればできるのか?
その答えがこの言葉ではないでしょうか?

私達は仏にはなれない存在である、と繰り返し書いてきました。
その状態を凡夫と言い、それを受けいれることが、自分というものを受け入れることとなります。
その為の手段が必要です。
「仏道をならふというは、自己をならふなり」とは道元禅師のことばですが、仏教とは、仏の教えとは自分自身を移す鏡となります。

私達がこの世で自分の力で仏となれない存在だと知るには、仏が何であるのかを知らなければなりません。
仏になれない自分とは何かを知るには、自分とは何かを知らなければなりません。
それを知るために、仏の教え、お経があるのだと言えます。
お経は仏のことばですが、そこには私達そのもの姿も記されています。
お経は遠い世界の遠いことばではありません。
自分自身そのものが、そこにあるのです。

つづく
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by hechimayakushi | 2014-09-13 00:08 | ことば | Trackback | Comments(0)
2014年 07月 09日

7月のことば

「或時上人おほせられていはく、出離の志、ふかかりしあひだ、諸の教法を信じて、諸の行業を修す。おほよそ仏教おほしといへども、所詮戒定慧の三学をはすぎず。しかるにわがこの身は、戒行において一戒をももたず、禅定にをいて、一をもこれをえず。」『法然上人行状絵図』より

前回は法然上人の回心から、比叡山を下りられて、吉水に住まわれるところ、その心はどうであったのかを書きました。
今月のことばは有名なことばです。
法然上人の述懐とでも言えることばです。
単純に一言で言えば「私は仏道修行をしたが、無理であった」となります。
それはどういう意味になるのか?
この一文にはいろいろな意味がこめられているのではないでしょうか?

おそらく日本の浄土仏教全般において最重要なことばとなるのが「凡夫」ということばです。
法然上人は「仏道修行が無理」な「凡夫」であるという自覚の上で「他力」の「本願念仏」の道を進まれるわけですが、それがどういうことなのか?をひたすらここでも書かせていただいているのです。

そこで、おそらく、書き方が悪いのもありますが、「凡夫」というい概念がもっともわかりにくい概念、または、もっとも「嫌な」概念、であるので、どうも本願念仏が何かわかりにくい、浄土仏教がわかりにくい、となるのではないでしょうか。

結局はただ「仏道修行が無理」だから「簡単な道」を進まれただけなのか?
結局はただ「信じる者は救われる」だけなのか?

簡単な道、方法であっても、信じるだけであっても、それを自らが自覚を持って「行う」というのは、その時点でもう難しいことではあります。
まず、その道や方法や信じるモノが無くてはなりません。
そこに出会う確率で言えば、実はものすごく少ない。
少ない確率で出会ったモノであるので、感謝しなさい、と言うことも我々は言いますが、それよりもまず「凡夫」という状況が何であるのか?
法然上人はなぜ自らを「凡夫」言われたのか?
そこが大事なのではないでしょうか?

以前にもそのことは書きましたが、自分自身でも書き方が悪かった、と思います。
簡単に書きすぎました。
「凡夫」の能力的なことだけを書きましたが、「凡夫」というのは能力的なことだけでなく、ありとあらゆる「状況」までを含めた概念となります。
「凡夫」というのは人間を指す言葉でもありますが、「あなたは凡夫です」と言った時に、それは能力だけでなく状況全てが含まれます。
状況とは時間や縁や業などをひっくるめたものです。

能力という意味だけで考えるとわからなくなる。
時間とか縁とか業まで含めないといけないんですね。
「あなたは凡夫です」と言われるとだいたいの人はいい気持ちはしません。
それは能力的なことだけの意味合いで「凡夫」ということばを捉えるからです。
また、その能力的な意味合いでも、「あいつは欲深いから凡夫だ」とか「性格が悪いから凡夫だ」とか、そういう意味合いだけのことばでもないんです。

もっと根源的、生物の機能性、などをひっくるめたことばなんです。
人間だけでなく、ありとあらゆる「有情」つまり「生きとし生けるもの」をひっくるめたことばなんです。
わかりやすくしてしまえば、この世界そのものの性質とでも言えます。

人が「凡夫」でなかった時、それはお釈迦さまが成佛し、完全なる涅槃にはいられるまでの間だけのことだった、と私は考えます。
つまり佛以外は全て凡夫という概念となる。

「凡夫」というのは「良い」「悪い」で言えば「佛の側」から見れば「悪い」、でも人間から見たら判断がつかないものなんです。
僧侶は佛の側から見て悪いと言う。
でも、それも、佛から見れば「悪い」。
私達は絶対の観測者ではないんです。
「これが絶対に正しい」とは言えない。

私達は自分を絶対的な観測者だと思い込んで生きています。
そうでないと生き物として成り立たない。
「凡夫」というのはその絶対の観測者と思い込んでる自分の姿です。
「佛」のみが絶対の観測者であり、それを認めるのが「仏教」となります。
私達は絶対の観測者である、またはそう成れると思っていますが、そうは成れない。
状況や機能や縁がそうさせてくれない、それは私達の事で言えば私達の認識の仕方そのものに必ず制限がある。
そのために佛に成れない。

佛に成れないとは、仏道修行の出来る出来ないではなく、もっと広い意味で成れない、根源的にこの世界そのものの性質として成れない。
法然上人の仰りたい事は、そうであったのではないでしょうか?

そして、「凡夫」であると自覚するということは、私達が絶対の観測者であると思うことをやめるということです。
それはつまり「自分というものの姿を受け入れる」ということになります。
単純なことではありますが、それが非常に難しいことでもありますし、それができない状況というのも「凡夫」となるのです。
自覚という行為自体も凡夫が行うわけですから。
ずっとできるわけでも、完全にできるわけでもないんです。

「自分というものの姿を受け入れる」というのは何か?
その理解こそが、本願念仏なり善導大師なり法然上人なりの理解となるんではないでしょうか?

つづく・・・

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by hechimayakushi | 2014-07-09 09:55 | ことば | Trackback | Comments(0)
2014年 06月 09日

6月のことばその2

「時下れりとても疑うべからず。法滅以後の衆生なおもて往生すべし況や近来をや」法然上人語法語『一紙小消息』より

前回は「阿弥陀佛の確約=極楽往生」についての考察を書きました。
昨年よりことばを通しての色々な自分の考察を書いてきました。
考えというのはその時その場で変化しますので、あらためて読み返すと思考が行ったり来たりしているのがよくわかります。
最近思うのが仏教というものはやはり一人の頭で考えて捉えきれるものでもなく、文字として見ているだけでは見逃してしまう、その時は何も気がつかないが後で気がつく、などです。
そして、聞き見て、考えていく、理論的な事を自分の中で消化していく、聞思修が大事なのです。
自分自身の考え、思考は正しい間違っている、それは自分ではわかりません。
正解というのはあくまで佛(今まで仏の字を使用していましたが今回より佛で統一します)の側にある、という立場です。
私自身はその正解はこうではないか?と問い続ける存在です。
言語的にある仏教・教理を元に考えていく、照らし合わせていくことになります。
回心とは、その照らし合わせの結果に起こる発見だと思います。
法然上人の発見は本願念佛でした。
自分の力ではなく佛の力による極楽往生が本願念仏になります。
それは言葉としては極めて簡単ですが、法然上人にとってはまさしく大逆転・革命的な発見になりました。
仏教の概念が全て変わった、価値観の大逆転だったからです。
お釈迦様在世の時代から部派仏教の流れでは教え(法)を元に解脱を目指すことが主眼となりました。
大乗仏教が出現すると、佛そのものを目指すことになりました。
いずれにせよ、教えを元に自分の力によって解脱や佛を目指すというものでした。
それが本願念仏によって180度大逆転したと言えます。
お釈迦様自身は自らが広めた教えそのものは残っても、その実践的な部分、自分自身の肉体的な死により解脱の証明が出来なくなる、そうなれば必然的にいずれ自力での解脱も佛を目指すことも不可能になると考えられていたと思われます(正像末思想)
本願念佛の教えは自力ではなく、他力の教えです。
それはお釈迦様が未来の衆生、つまり自力では佛になれない、解脱もできない、全ての存在のために残された教えとなります。
法然上人の時代はちょうど末法(教えのみが残る時代)に入ったと考えられていたので、法然上人は本願念佛の教えは時期相応の教え(時代に合った教え)と仰られています。

仏教というものは高さも広さもわからない山のようなものです。
それに登れと言われても高さも何もわからないわけですから、どう登ればいいのかわからない。
登れるかどうかわからないで登れと言われてもつらいだけです。
それが頂上はここにある、登り方はこうである、とわかっていたらどうでしょうか?
しかも登り方は自分で登るのではなく、誰でも使えるロープウェイで登れる。
本願念佛というものは、誰でも使えるロープウェイで山に登るようなものと言えます。
自分から何か用意したりもいりません、頂上にいる阿弥陀佛がそのロープウェイに人を「勝手に」のせて頂上まで「勝手に」運んでくれるのです。
法然上人はひたすら自分自身の能力や行為での覚り・極楽往生を目指してきましたが、それが逆転し他力による極楽往生の本願念佛に目覚められました。
そうなると当然価値観の大逆転が起こります。
それが安心・起行、という言葉であらわされる心の動きと行動となります。

法然上人は回心の後、最終的に比叡山を下りられます。
天台宗の総本山で日本有数の仏教の修行道場とも言うべき比叡山を下り、一度広谷・粟生の地(現在の総本山光明寺)に住んでいた遊蓮房円照の元へ行きます。
何を話され何をなされたのかは不確実ですが、本願念佛について自身の思いや考えを述べられたことは間違いないと思います。
そして、その考えが間違いではないという確信も抱かれたと思われますが、結果的に二年ほどへ東山吉水の地へ移られ本願念佛の教えを広められます(現在の円山公園奥・安養寺付近)
なぜ吉水に移られたのか?
その当時の東山吉水は今からは想像もできない荒涼とした土地であったらしく、また鴨川の側ということもあり、当時の鴨川はこれも今からでは想像もつかない状況であったようです。
当時は埋葬できない死体は鴨川へ「捨てられる」のが普通でした。
川沿いには京の都の市中には住めない人々が集まっていたようです。
しかし、広谷粟生の地がありながらなぜそこへ移ったのか?
山深く、静かで、自身の母方の秦氏の縁ある地であった広谷の地ではなぜいけなかったのか?
そこに法然上人の思考そのものがあるのではないでしょうか?
結果的に広谷の地ではいけなかったのでしょう。
ただ1人、念佛申す、それではいけなかったのでしょう。
人のいる地、それも仏教と縁遠い人々の住まう地でなけれなならなかったのでしょう。
本願念佛は従来の常識的に考えられていた仏教とは真逆の思考性です。
仏教の実践の考え方としては、やはり出家主義、世俗との交わりを断つ、というものがあります。
しかし本願念佛であれば、その必要性がなくなります。
比叡山にしろ高野山にしろ、人里離れた山にあるのは、やはり世俗との交わりを断ち戒と律を守りやすくする、修行などを行いやすくする、そういったためです。
しかし、本願念佛では修行も何もかも阿弥陀佛が法蔵菩薩の時に全てやっていてくださっているという考え方ですので、衆生の側には厳しい修行も戒律の厳格な遵守もいりません。
ましてや死の穢れ、などという考え方とも無縁となります。
法然上人が吉水の地を選ばれたのには、本願念佛のエッセンスが詰まっているのだと私は思います。
吉水の地で、仏教と無縁の人々と交わり、死の穢れも無縁であると証明し、本願念佛の教えを広められたのです。
ここで大事なことは、今現在の常識や価値観で考えてはいけない、ということです。
法然上人がなされたことは当時の仏教の常識であったり、当時の常識的な風俗を打ち破ることであったのです。

今の感覚ではわからないと言えば、死の穢れを忌避するのが一般的であった時代に、本願念佛という死穢を忌避しない考えを持つというのは革新的なことでありました。
当時他には律宗が戒律を順守することで死穢を免れることが出来ると主張していましたが、あくまで死には穢れがあるという常識を打ち破るものではなく、本願念佛の思想では死に穢れは全くないというものですので性質が異なります(死穢を忌避しないという点では法然上人以前の念仏聖にもあったとも言われる)

つづく

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by hechimayakushi | 2014-06-09 01:14 | ことば | Trackback | Comments(0)
2014年 06月 01日

6月のことば

「時下れりとても疑うべからず。法滅以後の衆生なおもて往生すべし況や近来をや」法然上人語法語『一紙小消息』より

5月は忙しくてお休みしてしまいましたm(__)m

前回(4月)は阿弥陀仏・阿弥陀如来の救い、ということを少し書きました。
そして、その救いは私達に確約をもたらすものだと書きました。
確約とは?
私達は必ずいつか死を迎えます。
それを逃れる術はありません。
どれだけ科学技術が進んだとしても、どれだけ医療が進歩しても、それだけは逃れられない事実として存在します。
最近ではIPS細胞であったりクローン技術が進んだりしていますが、おそらくは死というものを克服する事は人間、生物には不可能なことだと思われます。
不可避ゆえに人は死を恐れます。
死がまったく怖くないのであれば、健康に気を使うこともなく生きる方も多くなるのではないでしょうか?
漠然たる死への恐怖感が健康への執着を生み出し、それが科学や医療の進歩をもたらしていると言えなくありません。

死の恐怖を細かく見ていくと、死に至る道のりが怖い、また死という未知の領域が怖い、などになるでしょう。
死に至る道のりは人の縁や業に依るので千差万別となり、恐怖に関しては何とも言いようがありません。
生まれつき健康体で病気知らずな方は長寿を全うし、いわゆる「ぽっくり」と往生されたり、徐々に肉体の機能が停止してゆき穏やかな往生を迎えられるかもしれませんし、交通事故・戦争・飢餓などで往生される方もいます。
誰しもが共通する恐怖、それは死が未知であるということになるのではないでしょうか?
死を何であるか体得する術はありません。
死を体得する時点で肉体の機能が停止し、精神活動も停止してしまいますので、観測し記録することができなくなるからです。
臨死体験という言葉がありますが、おそらくは完全なる死とはまったく別物ではないでしょうか?
やはり完全なる死は誰にとっても初めての体験になり、そして一度きりの体験となるでしょう。
それはやはり全ての人にとって死は未知である、となります。

未知なるものへの恐怖、が死の怖さとするならば、なぜ未知なる死が怖いのか?
人は死という現象を否定することはまずありません。
しかしそれは体験した事のない事であり、何であるのかを理解する術がありません。
ただ肉体の機能が停止し、精神活動が停止するだけの事と仮定しても、それがどのような状態なのかは誰にもわからないからです。
苦しいのか、辛いのか、痛いのか、安楽なのか、それともまったく違う何かなのか。
そして、死を迎えた私達はどうなるのか?
観測が停止したら現象も停止する、とするならば、恐怖心も同時に停止するはずですが、そう思ったとしてもやはり怖いものは怖い。
死の恐怖を独力で克服された方もいるでしょうが、やはりそれは特殊な例としか言いようがないと思われます。
死ぬとは何か?どうなるのか?
そこには「死後の世界」が必ずついて回ります。
人はどこかで「死後の世界」=肉体と精神が停止しても何かしら「ある」、私のコアとなるもの、魂なり何なりがあり続けると思うようにできています。
そしてそれは地獄なり輪廻なりの思想がついてきます。
ですのでお釈迦様は「無我」に至れば死を克服・超越すると仰られたのです。
「私」というものが解体されてしまえば地獄へ堕ちる・輪廻する主体としての「私」がなくなるからです。
ただ、その境地には人は至れません。
法然上人のお言葉にあるように「末法」(お釈迦様の入滅後、さとり等がなくなり教えだけ残っている状態)の時代ですので、私達はさとりには至れないからです。

ここで阿弥陀仏の救い、確約というものに戻ります。
阿弥陀仏は全ての衆生(生きとし生ける全ての存在)を救いとり極楽浄土へ往生させるという誓いを成就されて仏となれた仏です。
私達は全て救いとられる確約があります。
それを確信するに至ると現世での往生となり即便往生と言います。
死に至った後に救われることを当得往生と言います。
往生には二種あるのです。
死後の往生は一体何であるのか?
それは死に至ればわかること、とも言えますが、それがどうなのかが私達の知りたいところでもあります。

死によって肉体も精神も停止してしまうと、「私」を構成する要素・縁が消滅します。
ですので死は「私」がなくなる、と言えます。
では何が往生するのか?
まず前提として「仏教には真諦・俗諦の二諦があり、真諦は仏のさとりそのもの・俗諦はそれを人々にわかるようにされたもの」という二諦説を考えなくてはなりません。
次にお釈迦様の入滅の際に「完全なる涅槃に入る」という言葉を残されたことを思い返さなくてはなりません。
そして往生する先の極楽浄土とは何か?

私達は仏のさとりをそのまま直接理解し体得することはできません。
ですので言語なり何なりを媒介し理解に近づこうとします。
お釈迦様や阿弥陀仏や極楽浄土と言った言語はやはり俗諦なのです。
それそのままさとりを示すことはできません。
お釈迦様が「完全なる涅槃に入る」言われたのはどういうことか?
お釈迦様は全ての物事・事象をすべからく正しく見ることができました(正見)
死も例外ではなく、お釈迦様にとっての死は完全なる涅槃=さとりの完成であったことになります。
お釈迦様の説かれた阿弥陀仏と極楽浄土は本来的にはいずれも三界を離れたものです。
肉体・精神・欲望その他もろもろのものから離れた存在、私達には認知不可能なものです。
それはつまり完全に無我である状態であり、法=さとりそのものであると言えます。
完全なる涅槃も阿弥陀仏も極楽浄土も私達には認知不可能な領域のものです。
つまり真諦となりますし、=さとりとなります。
阿弥陀仏のおわします極楽浄土は物として存在するのではなく、俗諦として言語なり何なりで私達が認知している状態なのです。
無論、阿弥陀仏も同じです。
本来的な存在(その言葉適当かはわかりませんが)としては認知不可能な領域であり、真諦であるので、私達はそれを完全に「知る」には死を迎えるしかありません。
しかし、それは真諦=さとりであることは私達にも認知可能です。
つまり、お釈迦様にとって死は完全なるさとりの完成であったと言えるのではないでしょうか?
また、お釈迦様の説かれた極楽往生とは完全なるさとりの世界への往生と言えるのではないでしょうか?

つづく

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by hechimayakushi | 2014-06-01 21:38 | ことば | Trackback | Comments(0)
2014年 04月 08日

4月のことば

「比丘たちよ、わたしは、この世界をよく観察し、また、かの世界をよく観察し、すべての世界を知りつくして、正覚者、一切知者となった。されば、比丘たちよ、このわたしについて、聴いて信ぜんとする者は、ながく利益と幸福とを見ることができるであろう」 漢訳・雑阿含経「牧牛者」よりブッダのことば

4月8日はお釈迦さま(ブッダ)のお生まれになった日、降誕会です。
東充寺・薬師堂にて甘茶の接待がございます。
ご参拝お待ちしております。

前回は法然上人の「回心」(えしん→宗教的な気づき)について書きました。
また、その際に阿弥陀仏という仏様についても説明を書きました。
今回はもう少し「回心」について書きたいと思います。

回心、と言ってもそれがどのようなものなのか?
誰でも起こることなのか?
難しいことなのか?
簡単なことなのか?
いろいろな疑念が生まれます。

まず、回心というものに関してのおさらいですが、回心は心の動きとして安心感や安らぎを得るというものではなく、気がつく、発見する、というものであると確信しています。
それはつまり、何か対象を捉えている状態であるということになります。
法然上人は『観経疏』に書かれていた内容によって回心という動きが起こったわけです。
書かれていた内容によって、今まで気が付かなかった事を気がついた、ということです。
それが回心という動きです。
それは言わば「引き金」が存在してはじめて「回心」という動きが起こる、と言えます。
ですので、誰でも可能性はあるが、その引き金が何であるのかは一人ひとり違います。
簡単か難しいかも一人ひとり違うでしょう。

また、法然上人は回心に依って阿弥陀仏に確実に救われるという事を確信し、次に安心(あんじん→救われていることの実感)を得ることになりました。
そして安心から三心四修(さんじんししゅ→阿弥陀仏の救いに対して起こる気持ちと行動)という「実践」「行動」が起こりました。
阿弥陀仏の救いを深く信じ、感謝・報恩の行として称名念仏や読誦大乗(三部経を読誦すること)を行います。
また、阿弥陀仏の救いを人々に教え広められます。
それらは「起行」(きぎょう→行動を起こす・起きる)とも言います。
一つの事象に対しての結果は、一人ひとりで違ってくるものです。

私達はどうしても「かくあるべきである」という概念によって物事を見てしまいます。
回心であっても、安心であっても、起行であっても、かくあるべきと見てしまいます。
しかし、仏教的に見て一人ひとりの持っている縁と業が違うので、回心にしろ安心にしろ起行にしろ、それらの実際的な動き・働きは違ってきます。
また、それらは永遠性のあるものでもありません。
経験として記憶はされますが、永続するものではありません。
それが一つの大事なポイントとなります。
どうしても、宗教的な体験などは、それが素晴らしいと思われれば思われるほど、永遠に続いて欲しい・その効果が絶大であって欲しいと思ってしまいます。
しかし、私達人間というものにはそれは不可能であります。
いかに素晴らしい体験、幸福感を得ても、それは永続しません。
ですが、阿弥陀仏の救い、それを説かれたお釈迦さまの心、それが非常に重要なポイントになります。
お釈迦さまはさとりをひらかれ、仏となられた方です。
その方が、わざわざ阿弥陀仏という仏の概念を人々に教え広めたことが大事なポイントなのです。
お釈迦さまの教え、実践というものは基本的に「今」何を作すか?ということに重点を置いています。
「毒矢のたとえ」であるように、刺さった毒矢を「今」抜くことが大事なのであって、それがどこから誰の手によって放たれたものなのかはさほど重要ではない、という考え方です。
つまり、今、この身を解脱させることを目標としていたのです。
しかし、阿弥陀仏の教えは違います。
「今」ではなく「明日」を語る教えです。
明日どうなるか、をお釈迦さまが確約した教えと言えます。
この世で確実に未来に起きること、つまり死となりますが、同時に阿弥陀仏の救いというものが死と並び確約事項となったわけです。
そしてそれは無限に続き無限の範囲を持つ働きであります。
つまり、明日どうなるかわからなかった存在である私達にとって、まったくもって革新的な教えとなったわけです。

つづく・・・

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by hechimayakushi | 2014-04-08 01:36 | ことば | Trackback | Comments(0)