へちま薬師日誌

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2017年 04月 10日

私説法然伝27

『私説法然伝』(27)極楽への道②

 先月号では法然上人が経蔵に籠もられて、自らを「三学の器(うつわもの)に非ず」と内省されていくことについて書きました。今月はその続きになります。

【別の方法論を求められた法然上人だが、一体どのようにその模索をされたのだろうか?
 『法然上人行状絵図』にはある日、法然上人が師の叡空と論争を行った記述がある。称名念佛(しょうみょうねんぶつ)と観想念佛(かんそうねんぶつ)の優劣についてである。叡空は自らの師の良忍(りょうにん)の説をもって観想念佛が優れていると言い、法然上人は称名念佛こそが優れていると言った。法然上人が「良忍上人は我々より先にお生まれになった方ですので」と言ったところ叡空はたいそう立腹したとある。
 叡空との論争から読み取れる事は多い。まず叡空は念佛の人であった。叡空の師の良忍は元は比叡山東塔の常行三昧堂(じょうぎょうざんまいどう)で不断念佛行(ふだんねんぶつぎょう)を修行する堂僧で、後に一人の念佛が万人の念佛に融通し合うという融通念佛(ゆうずうねんぶつ)の教えを開眼し現在の融通念佛宗の開祖となられた方である。
 叡空自身もまた師より相承した「念佛」の教えを守っていた。しかし法然上人はその「教え」に対して反発したのである。ではその「教え」とは何であろうか?
 それを知るにはまず「念佛」という言葉がキーワードとなるのである。】
 
 以前にも法然上人は師である叡空と論争を行ったことを書きましたが、ここでもまた論争を行っています。そしていつも師の叡空は法然上人に対して腹を立てていますが、それは何故でしょうか?
 まず念佛の優劣についてがありますが、詳しい事は次号以降に書いていきたいと思います。ここで重要なポイントとなるのは叡空は師の良忍の「教え」を元にして法然上人と論争を行っているところです。
 それに対して法然上人は自らが考えた結論を元に論争を行っています。そして叡空に対して「良忍上人は先にお生まれになった方」と言いました。これは法然上人の姿勢を現している言葉となります。つまりは師の「教え」をただ守り伝えることを自分はしない、学んだ結果を元に新たな「教え」にたどり着きたいという事を言いたかったのではないでしょうか?「新たな方法論」にたどり着くには師の「教え」では不可能であるという事を示しているのです。
叡空だけでなく師の良忍までを否定するかのような法然上人に対して叡空は怒ったのです。

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by hechimayakushi | 2017-04-10 00:13 | 私説法然伝 | Trackback | Comments(0)
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