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へちま薬師日誌

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2022年 11月 13日

私説法然伝93

『私説法然伝』(93)助けてほしい⑧

 先月号では法然上人の弟子になる武者・熊谷次郎直実について書きました。今月号はその続きについて書きます。

【法然上人の弟子となった熊谷次郎直実は、名を法力房蓮生(ほうりきぼうれんせい)と改めた。僧となっても熊谷次郎直実という一個の男子の本質はあまり変わらなかった模様ではある。
 ある時、九条兼実卿が法然上人を招くことがあった。蓮生は押しかけ従者としてついて行くことにした。九条兼実卿の館では法然上人は一人九条兼実の部屋を通されたが、従者である熊谷次郎直実は控えの間で待つことになった。どうしても法然上人の話が聞きたい蓮生は大声で「この娑婆世界ほど嫌なものはない、これが極楽浄土なら自分も平等に法然上人のお話が聞けるものだろうに」と聞こえるように言ったという。九条兼実卿は驚いて法然上人に誰がいるのかと尋ねた。法然上人が説明すると、九条兼実卿は蓮生も部屋に招き入れたという。この逸話は説教のための話とも言われているが、ここにも蓮生こと熊谷次郎直実の大事な点が示されているのである。それは彼が実に明確に本願念佛を理解していたということである。関白というこの世の頂に立つ超大物の前でも物怖じせずに文句を言えるのは熊谷次郎直実という男の胆力のたまものだろうが、極楽浄土なら平等に法然上人の話を聞けるだろうにという内容からわかるのが「極楽浄土には身分差別などが無い」という事であり、つまり本願念佛は身分差別などを一切否定する性質があることを蓮生がよく理解していたという点である。
 本願念佛とは、ただ佛が衆生を救うのであるが、衆生は等しく救うべき存在だから救われるのである。つまり佛という完全な「善」に対して衆生は「悪」だから救うということである。完全な「善」が成立するためには「悪」があってはじめて成り立つのである。その「悪」の世界がこの世の娑婆世界であり、「善」の世界が極楽浄土となる。だから極楽浄土には差別など存在しないのである。だからこそ蓮生はこの世で大声を上げたのだ。彼もまた悪であるからこそ、声を上げたのである。】

 熊谷次郎直実は法力房蓮生という名前をいただき僧侶となりました。そこで第二の人生のスタートなるわけですが、僧侶になるということがどういうことなのか?という事を彼の生き方が我々に示しているように感じます。本願念佛を信じる僧侶とは「善」を目指しながら「悪」の中で生きることになるのです。


by hechimayakushi | 2022-11-13 18:58 | 私説法然伝 | Trackback | Comments(0)


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