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へちま薬師日誌

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2019年 02月 14日

私説法然伝49

『私説法然伝』(49)回心回天④

 先月号では法然上人の人生において一番重要な出来事の一つである「回心」について書きました。今月号はその続きについて書きます。

【法然上人の人生は「回心」によって大きく変わった。それは日本の歴史を変えていくことでもあった。だが、それはまだ先の話である。
 法然上人は約三十年という長い月日を過ごした比叡山を降りることにした。この一点からわかるのが、法然上人は回心によって大きく変わられた事は「事実」だということである。ただし、その時の法然上人の思いや考えがどのようなものであったのか、定かでない。本願念佛の教えを広く世に広めるためであったのか?それとも何か他の目的があったのであろうか?少なくとも何かの理由と意図があったには違いないのである。ただ念佛の日々を送るだけなら比叡山を降りる事はないはずである。山を降りるということは、比叡山延暦寺の僧侶として保証されている人生を捨てることになる。そうまでしてなぜ山を降りたのか?
 まず思想的に師僧である叡空の下には居づらくなったのかもしれない。黒谷という比叡山の中でも隠遁の地であっても、法然上人はもう居場所が無くなってしまったのではないか?阿弥陀佛の本願によって救われる「他力」という思想の法然上人が、方法論の違いがあれども、いずれも「自力」の思想の世界であり、相反する思想の法然上人が居ることができなくなった、そう考えるのは不自然ではないだろう。ただし、それだけで山を降りるのも不自然でもある。
 法然上人の回心は到達点でもあったが、出発点ともなった、と考えると、山を降りなければならないというよりも、山を降りたくなったのかもしれない。「他力」というのは何もしなくても救われる事でもあるが、それを自覚した時にはじめて開眼され始まる境地と状況がある。救われている真実への報恩感謝の念佛というものである。法然上人はその報恩感謝の念佛の第一歩として、山を降りる事にされたのかもしれない。籠山すること約三十年、回心と同じく承安五年法然上人は新たな一歩を踏み出される事になった。】

 法然上人がついに比叡山延暦寺を下りられる事になりました。諸説ありますが、決して後ろ向きな理由だけはなく、前向きな理由があったことでしょう。そして大事な事は山を下りられた法然上人がどこへ向かわれたのか、ということです。


by hechimayakushi | 2019-02-14 01:59 | 私説法然伝 | Trackback | Comments(0)
2019年 02月 01日

お知らせ

a0149268_19273334.jpg本山参りの集合場所が変更になりました。
金山駅になります。



by hechimayakushi | 2019-02-01 19:28 | 寺務日誌 | Trackback | Comments(0)